2012年3月11日 (日)

あの日から1年

あの大きな地震と津波から1年。

今年になってから大きな余震が頻発しています。いつまた巨大地震がくるのか、と思いながらの1年。今日は穏やかな日中でしたが、夜になって雷が鳴り、ヒョウが降る変な天気。

地域の市民センターで開かれたふれあい祭りや、水戸駅南口での原発廃炉署名の取り組み、千波湖畔での追悼式・復興メモリアル式などに参加しました。

春の日差しを感じながらも、冷たい風に冷え切った体を温めようと、夜、娘と一緒にお風呂に。湯船につかりながら、「去年の3月11日に大きな地震があったでしょう。何を一番覚えてる?」と聞いてみました。

そうしたら「覚えてない」とのそっけない返事。本当かな?と思いながらも、保育園児だった娘に、恐怖心や嫌な思い出として残っていないなら良かったと思ったのでした。

あの日を忘れられない人が、どれだけたくさんいるでしょう。

忘れられない、忘れたくない、忘れちゃいけないことが、どれだけたくさんあるでしょう。

去年は、桜を楽しむ気持ちも余裕もなかった春が、今年は少しでもあたたかな季節のめぐりになるよう願います。

願いを声に、声を行動に、私にできることを一つずつ、と決意を新たにする一日です。

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絵はyuikaが学校で描いた「でてきて おひさま」。

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2012年2月22日 (水)

ゴミについて勉強中

最近、ゴミについてと言っても、ゴミの処理について勉強中です。

議員としても、関わる機会が多くなりました。

まずは、水戸市議会の新ごみ処理施設整備調査特別委員会の委員になっていて、2月20日にも委員会がありました。56ヘクタールという広大な計画予定地について、環境アセスメントについて、建設地の地元要望について意見を延べ、市の考え方を問いました。

また、水戸市の常澄地区と大洗町、鉾田市のゴミを共同処理する施設を運営する事務組合の議員になっていて、3月には予算案などを審議します。

そして、水戸市の内原地区と笠間市のごみ処理施設を運営する事務組合の議員にもなっていて、先日議会が開かれました。

水戸市が常澄村と内原町と合併したために、ゴミ処理が地区ごとに3つに分かれていてややこしくなっているのです。新しい施設ができれば水戸全域のごみをまとめて処理することになります。

いまの計画では、焼却炉は370トン/日。溶融炉も検討しています。

56ヘクタールの計画地は広すぎないか。370トンの焼却炉は大きすぎないか。溶融炉の安全性と経済性は?と考える課題がたくさんあります。

ということで、お隣のひたちなか市が東海村と共同して建設した新しいクリーンセンターについて勉強してきました。

今日、ひたちなか市役所の廃棄物対策課に出向いて、2時間。事前に出しておいた質問事項について、みっちりヒアリングしてきました。

試運転中ということで、施設を見学できなかったのは残念でしたが・・・。

ごみ処理施設について調査することは大切ですが、そもそもゴミをつくらないこと、減らすこと、リサイクルすることが何より大切な課題です。

市役所を出たのがちょうどお昼でしたので、勝田駅近くにあるサザコーヒー本店に寄りました。このお店の庭がいいのです。今日も冬だというのに、緑が素敵でした。

落葉樹だけでなく、常緑樹がたくさん植えられているんですね。高木・低木・下草のバランスがみごとで、風にそよぐ緑が気持ちいいのです。

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ランチはパンセット。食後のコーヒーはカプチーノ。今日のは可愛いクマさんでした。本当にたまにしか来られないお店です。

今日はお店のギャラリーで、木の家具の個展が開かれていました。作製したのは肥後佑子さん。水戸市に住んでいて、岐阜県の高山市で家具作りを学んだそうです。いい感じの家具が並んでいました。

そんなこんなで、もっとゆっくりしたかったけど、午後の会議に急行しました。

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2012年2月13日 (月)

元気注入!

Img_39102月9日、両親からもらった私の雛人形を、家の玄関に飾りました。娘のyuikaにいつか譲ってあげようと思う大切な人形。お下げ髪の可愛いお雛様です。

こうして、家の中の小さな空間をしつらえていると、大切な支えだった I さんの急死や、子どもたちのインフルエンザの看病などで、なんとなくざわついた気持ちが落ち着きました。

毎日の暮らしを大切にすることは、心の癒しになります。

Img_3911そして、小さなお花を持って、気にかけていた方のお見舞いに行き、回復されている様子に安心しました。

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12日には新春の集いに参加し、解散総選挙がいつになるかという今年、北関東比例代表の予定候補として活動している梅村さえこさんと、子育てしながらの互いの活動を激励し合うことができました。

元気注入!でがんばるぞrock

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2012年2月 7日 (火)

大切な人の急死

我が家の3人の子どもたちにとって、“水戸のおじいちゃん”だった I さんが、69歳の若さで急死しました。

眠ったまま逝ってしまうとは・・・今でも信じられない気持ちですが、あまりに安らかなお顔に心が救われる思いです。

“天下一品”が付くほど真面目な I さんが、子どもを前にすると目を細めて自分の孫のように可愛がってくれたのです。

いつも、「かなちゃんの議員活動を支えるっていうのは口実で、じいじが子どもたちに遊んでもらってるんだよ」と笑っていましたが、本当に大きな支えでした。

私が議員になったのと、 I さんが退職したのが同じ頃。

子どもが急に具合が悪くなって、私も休めない、夫も休めないというときに、一番に電話するのが I さんでした。断られたことはほとんどなく、「何とかするよ」という言葉に何度救われたか。

子どもに自分の故郷の獅子舞を見せに連れて行ってくれたこともありました。

子どもが千波湖の白鳥ボートに初めて乗ったのも I さんとでした。

保育園の夏祭りや、小学校の運動会にも来てくれました。

子どもたちが描いた絵を自宅の階段室の壁一面に大切に貼ってくれています。

I さん宅の和室の障子には、うちの子が開けた穴がたくさんあって、そこにも絵や折り紙が貼り付けてあるのです。

I さんの千葉にいる娘さんが昨年出産し、「ようやく本当の孫が生まれたよ」と嬉しそうにしていましたが、「だからって遠慮しないで、今までどおり子どもたち預かるよ、遊びにおいでよ」と言ってくれた I さんでした。

感謝の言葉しかありません。でも、できることなら、子どもたちが大きくなるまで成長を見守り、支えていただきたかったです。

棺にお花と一緒に、子どもとつくった折り鶴を捧げたとき、感謝の気持ちが涙になって溢れました。

I さん、本当にありがとうございました。

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2012年1月23日 (月)

災害援護資金貸付制度

大震災による被災者の生活再建を後押しする各種制度が実施されていますが、対象となる方に制度の内容が伝わっていない、制度の矛盾で利用できない・・・ということに多々ぶつかり、そのたびに一緒になって解決にあたっています。

解決できないこともあるけれど、制度の窓口である市役所(実際には市の職員)に何度も被災者の困っている状況を直接伝え、解決できることも。

「制度上、こうなっていますから・・・」と言われることも多いのですが、1000年に1度と言われた東日本大震災の被災者に適用できないなら、制度内容を変えるのが行政の仕事でしょ!と言いたくなるものです。

でも、市役所も職員さんも窮状をを理解して努力してくれます。

先日は「災害援護資金貸付制度」で助かりました。

Sさんは、以前住んでいた住宅が全壊。借地に自分で建てた家でした。家族3人、市営住宅で避難生活を送ってますが、決意して母親名義で所有していた土地(宅地で空き地)に家を新築することに。

その建築費用に災害援護資金貸付制度を利用したのです。問題はその金額でした。全壊の場合は貸付限度額が250万円。建て直す際に、前の住居を取り壊さざるを得ない場合は100万円上乗せされて350万円になります。

Sさんも私も、当然350万円をと考えました。借地に建っている家は取り壊さなければなりませんから。

ところが250万円か350万円かで、1ヶ月近くも市とやり取りしたのです。

現在地建て替えでなく、別の場所に立て直すから・・・と検討必要とされたのです。

市の申請窓口(福祉総務課)にSさんと一緒に相談にも行きました。課長にも実状を伝えました。県の担当課にも問い合わせました。

そして、ようやく100万円の上乗せが認められたのです。あきらめかけた頃の、市役所からの嬉しいニュースでした。

この結果は、Sさんだけが良かったのではなく、今後、同じようなケースの方にも道を開くものでした。

こういうことの積み重ねが、被災者の支援につながっていくんですね。

一番の力は、被災者であるSさん本人の強い意志と、理解してくれるのではないかという行政への信頼?

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