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2010年11月 3日 (水)

一日早い誕生会

kouseiの2歳の誕生日を、一日早く今日お祝いしました。

徳島と高山の両親からのプレゼントも、ちょうど今日届きました。車が大好きなkouseiに、乗って遊べるクルマと、車の絵がついた洋服やパジャマのプレゼントに、もちろん大喜び。

徳島と高山へのお礼の電話で、上手に「ばーば、ブーブありがと!」とお話ししていたkouseiです

私は今日も、会議とかの仕事があって(なんてたって県議選告示までちょうど1ヶ月ですからね)、誕生会をゆっくり準備する時間はありませんでしたが、子どもたちが好きな炊き込みご飯のお稲荷さんと餃子でお祝い。

高山からいただいた雑穀と豆入りの粉でホットケーキを焼いて、生クリームとお手製の柿ジャムをサンドして、ロウソクを2本shine

“HAPPY BIRTHDAY”の歌をみんなで歌ってあげたら、kouseiもその気になったのか、上手に息をフーッと吹いて、ロウソクの火を消しました。あんまり上手に消したので、みんなでパチパチ拍手したら嬉しくなったのか、「もいっかい、フーする」といいだし、またまた火をつけて歌ってフー!

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お手軽な誕生祝いでしたが、何だか楽しい夜でした。

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2010年11月 2日 (火)

父、訴える!

徳島にいる私の父が、B型肝炎大阪訴訟団原告に加わって、10月29日に大阪地裁に提訴しました。

集団予防接種の注射器の使い回しなどが原因で、B型肝炎ウイルスに感染した患者や遺族が、全国10ヶ所の地裁で国を訴えている集団訴訟の1つが大阪訴訟団です。父は実名を公表し、徳島在住では初めての原告だそう。

「徳島肝炎の会」の会長をしている父。私が物心つくころには感染していることがわかっていたのでしょう。いつも、「お父さんの血はさわっちゃダメだ」と言っていたことが記憶に残っています。

今、父が原告団に加わったのは、父なりの思いがあるはず。お父さん頑張れ!私もがんばる。

(以下、10月26日付毎日新聞・徳島版)

 ◇実名公表し原告団に
 「30年間で多くの会員が亡くなった。患者の怒りを国に分からせないと」。集団予防接種による感染を巡り国の責任を問うB型肝炎訴訟で、県内患者団体「徳島肝炎の会」会長の有川哲雄さん(64)=阿波市=が29日、大阪地裁に提訴し、原告団に加わる。80年の会設立時からのメンバーで、何人もの会員の死に接してきただけに、「患者と家族の無念を晴らす」と決意する。
 東京で生まれ、大学卒業後の68年、医療関係の仕事に就くため県内に移り住んだ。70年代後半、血液検査でB型肝炎ウイルスの持続感染者(キャリアー)と判明。母親や兄弟は感染しておらず、幼少期の集団予防接種で注射器が使い回されたことが、ほぼ原因だ。
 幸いにも肝炎は発症しておらず、普通に生活ができている。しかし、発症の不安にさいなまれ続け、定期的な検診は欠かさない。息子や娘が幼かったころには、歯ブラシやカミソリなど自分の血液が付く可能性がある物を触らせないなど、気も配った。
 キャリアーを含む患者同士の情報交換などを目的に80年6月、地元医師らの後押しを得て会を設立した。最初の名称は「徳島B型肝炎患者友の会」。C型ウイルスが特定される以前で、A型でもB型でもないという意味の「非A非B型」と呼ばれた時代だった。病名での区別をなくそうと翌81年、現在の名称に改めた。
 発足時の会員8人はいずれも、働き盛りの30~40代。東京から専門医を招き、数百人規模の講演会を開くなど精力的に活動した。しかし、初代会長は設立から10年とたたず、40代半ばで亡くなった。会員の通夜や葬儀で、遺児となった小中学生に出会うことも珍しくなかった。焼香で訪れた先で仏壇脇に置かれたランドセルが今も目に焼き付いている。
 訴訟の和解協議で、国はキャリアーを和解金の対象から除外している。原告団に加わる決意をしたのは「今、声を上げなければ」と感じたからだ。大阪地裁に提訴した約90人の中で実名を公表している原告は4人だけだが、自分の名を出すことにためらいはない。
 今月7日、桜井充副財務相は「原告団が示す数字だと、予算を削減するか、増税もしなければいけなくなる」と発言。増税をちらつかせる国の姿勢に不信感が募る。「感染を広げた当事者の意識ではない。今まで患者や家族が精神的、肉体的にどれだけの負担をしてきたことか」。穏やかな口調が、このときだけは厳しくなった。
   ◇
 肝炎を巡っては、B型の訴訟の和解協議が札幌、福岡両地裁で続く一方、薬害肝炎救済法(08年施行)、肝炎対策基本法(10年施行)と立法措置も相次いだ。設立から30年を迎えた「徳島肝炎の会」の歩みを通じ、県内の現状を見る。【井上卓也】


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2010年11月 1日 (月)

雨漏りが・・・

「雨漏りして大変だったー」とおっしゃったのは、お隣の笠原町に住むKさん。お孫さんが通う小学校の30周年記念式典に参加したら、会場の体育館が雨漏りして大変だったとのこと。当日の土曜日はあいにくの雨模様だったんですねrain

笠原小学校のホームページを見ると、音楽集会では子どもたちの元気な歌声と、太鼓が響き渡り、心に残る記念行事になったとか。雨漏りを気にしながら、というのはとても残念ですsweat02

早速、教育委員会学校施設課に「学校から雨漏りの報告来ていますか?修繕の計画はありますか?」と問い合わせてみました。施設課が学校に連絡したところ、土曜日の式典の振替休日で今日はお休み。

確認は取れなかったものの、笠原小学校の体育館は耐震化されていないので、来年度の予算で補強・改修工事を計画していて、その時に屋根も改修するので雨漏りもなくなると、施設課から説明がありました。

「耐震化工事が始まるまでの、雨漏り防止の応急処置を検討して下さい」とお願いしました。

そういえば、息子が通う寿小学校も今、体育館の耐震化工事が進行中。水戸市もピッチを上げて、市内小中学校の校舎や体育館の耐震化を進めています。

27年度に100%耐震化完了をめざしていますが、水戸市には小学校が34校、中学校が16校。学校敷地内にあるすべての建物を耐震化するのは大変なことですが、最優先事業として取り組むことですよね。

市の予算と国の補助金を活用して、耐震化工事を進めていますが、茨城県の補助が1円もないのは納得できません。多くの都道府県が、市町村の耐震化工事に補助を出してるのに・・・。こういうところに県の予算を使ってよ!ってね。なんたって、茨城県全体の学校施設耐震化率は全国45位。下から3番目ですよ。

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